Selah

Selah · 聖句

人と比べることについての聖句

口語訳聖書から 12 節を、本文のまま引用しています。

Selah に問う — Selah →
  1. ひとりびとり、自分の行いを検討してみるがよい。そうすれば、自分だけには誇ることができても、ほかの人には誇れなくなるであろう。 人はそれぞれ、自分自身の重荷を負うべきである。

    ガラテヤの信徒への手紙 6:4-5
  2. わたしたちは、自己推薦をするような人々と自分を同列においたり比較したりはしない。彼らは仲間同志で互にはかり合ったり、互に比べ合ったりしているが、知恵のないしわざである。

    コリントの信徒への手紙二 10:12
  3. 今わたしは、人に喜ばれようとしているのか、それとも、神に喜ばれようとしているのか。あるいは、人の歓心を買おうと努めているのか。もし、今もなお人の歓心を買おうとしているとすれば、わたしはキリストの僕ではあるまい。

    ガラテヤの信徒への手紙 1:10
  4. このように、わたしたちは与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っているので、もし、それが預言であれば、信仰の程度に応じて預言をし、

    ローマの信徒への手紙 12:6
  5. わたしはあなたをほめたたえます。あなたは恐るべく、くすしき方だからです。あなたのみわざはくすしく、あなたは最もよくわたしを知っておられます。

    詩編 139:14
  6. 穏やかな心は身の命である、しかし興奮は骨を腐らせる。

    箴言 14:30
  7. また、わたしはすべての労苦と、すべての巧みなわざを見たが、これは人が互にねたみあってなすものである。これもまた空であって、風を捕えるようである。

    コヘレトの言葉 4:4
  8. 何事も党派心や虚栄からするのでなく、へりくだった心をもって互に人を自分よりすぐれた者としなさい。

    フィリピの信徒への手紙 2:3
  9. そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。

    コリントの信徒への手紙一 12:18
  10. こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。

    ヘブライ人への手紙 12:1-2
  11. ペテロはこの弟子を見て、イエスに言った、「主よ、この人はどうなのですか」。 イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。

    ヨハネによる福音書 21:21-22
  12. 互にいどみ合い、互にねたみ合って、虚栄に生きてはならない。

    ガラテヤの信徒への手紙 5:26

聖句は口語訳聖書(パブリックドメイン)から引用しています。

問いの形で読む人と自分を比べることについて、聖書は何と言っていますか →

Selah に問う

Selah は、あなたの言葉の問いに、まず聖書から答えます。聖句はすべて本文のまま、作られることはありません。聖書を読むのはいつでも無料です。

テーマ別の聖句